愛媛県議会議員の  庶民派・元気派・さわやか派  石川みのるが見て歩き、いろいろな思いを語ります。
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 昨晩は我が家でも久しぶりにエアコンなしで睡眠を取ることができました。夕方の雨のお陰で地表が1度、2度下がったためでしょう。

 一度に大量に降ると神戸や東京のように災害をもたらしますが、適度な雨は必要です。

 さて、我らが岡平知子さんのブログが立ち上がりました。

 立ちあがって まだ、日が浅いということで完成度となるとまだまだという感jがしないでもないのですが、岡平さんのことですから、きっと試行錯誤を重ね、近々には立派なものに成長をしていくと思います。

 小生のブログにも党本部のHPにもリンクを張ってますから、是非のぞいてやって下さい。

08.8.5 慰霊碑

 8月5日には別子山で第17回の朝鮮人殉難者の慰霊祭が行われました。

 その墓はホントに粗末なものです。初めて見た時には異国で無念の死を遂げた多くの方々が気の毒で、気の毒で・・・。

朝鮮式の慰霊




 中国人の強制連行の記録は日中国交正常化などにより、全体像が解明されてきつつあります。

 1942年の閣議決定で全国135の事業所に約4万人の中国人を強制的に連行して、強制労働につかせ、劣悪な労働現場での過酷な労働、粗末な食事などが相まって実に7,000人もの方が2度と故郷の地を踏むことなく、肉親にも会えず異国の地で無念の死を。

日本の仏式の読経

 一方、朝鮮人・韓国人の場合は、当時は日本の「植民地」だったこともあり、朝鮮半島が南北に分断され、特に北朝鮮との国交もない中で、その強制連行の記録が殆どないのが実態です。

 別子銅山でも中国人の名前や数は明らかになっていますが、朝鮮人・韓国人の場合は数さえわかりません。・・・。

 戦後63年経っても、まだまだ、解明にはほど遠い状況にあります。

 そんな中で、1991年に地元の方の聞き取りの中でこの地に朝鮮人の粗末な墓があるというのを聞き、今年で17回目の慰霊祭を行いました。

 今年は民団と朝鮮総連が合同で慰霊祭を行った歴史的な慰霊祭であります。

 異国の地で無念の死を遂げ、粗末に扱われたおびただしいほどの多くの同胞の墓を前にした朝鮮人・韓国人の心中を察するに余りあるものがあります。

 2度と戦争をしてはならない、平和憲法を守ることが私たちに課せられた重大な使命だと思います。

 そんな決意を新たにした8月5日の慰霊祭でした。



 以下の写真と動画は8月5日に岡平知子さんたちがドンドビ交差点で街宣活動をした様子です。 

ドンドビ交差点での街宣






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【2008/08/07 07:54】 | 未分類
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