愛媛県議会議員の  庶民派・元気派・さわやか派  石川みのるが見て歩き、いろいろな思いを語ります。
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20070505165124

 昨日は別子山に行きました。ゴールデンウィークということで、今まで見たことが無い程の多くの車と出会いました。

 県外ナンバーの車が多いこと、多いこと。特に日浦辺りには多くの路上駐車がありました。

 年中を通してこれほど多くの方が訪れるなら「観光」という点では「自立」出来るんじゃないかと思います。

 そして、今日は3月の末に生まれた小生の甥の子どもの初節句。家族、親戚でゆっくりと会話をしながら食事をしました。

 こんなにゆっくりと時間を過ごせたのは久しぶりのような感じがします。

 とにかく生まれて間もないこともあり、視線は明かりを追う程度で手足の指はちっちゃくてホントに可愛いものです。


 甥の子どもを見つつ、先日の5.3集会で高橋教授が紹介をした「軍国の母」の話を思い出しました。

 あの戦時中に多くのお母さんは、可愛い我が子を戦場に送り出したのです。

 「主婦の友」の1941年1月号の高知県の山間で生活を営む「軍国の母」の記事を教授は紹介をしました。

 このタイトルには「四児悉(ことごと)くを陸海将兵に育て上げ、三児を殉国のほまれに輝く筒井松刀自」とある。

 長文で全てを載せることはできませんが、「喜んで死んでこい。家のことなんど一つも思うたら承知せんど」、「笑うて死ねよと、手紙のたびに訓しておるのでございます」。

 「・・二人の合祀祭りに、靖国神社へ参らせて頂いた時からでございます。勿体なくも畏れ多くも天皇陛下さまがあの社頭に御親拝あそばさるる御姿を伏し拝んだ時、うちらみたいな百姓の、賤しい山家の子供らが、例え70、80まで生きたにせよ、病気なんぞで死んでみい、山の狸も泣くもんか。それじゃのに、お国のために死んでくれたばっかりに、陛下様までが御詣りあそばして下さるのじゃ、嬉しいことよ、ありがたいことよと、電気に打たれたように悟らせて頂いたのでございます。

 それからはというもんは、辛いという気分は根っから失せて、子どもは永久に生きているのじゃと、晴れ晴れしていもうたのでございます。」と。


 人を殺すことの罪悪感は失せ、わが子の死を名誉にさえ思えるように当時の教育やムードはここまで言わせたんですね。

 甥の子どものためにも現憲法を守り、平和でないといけないと再認識をした今日でした。 
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【2007/05/05 16:51】 | 未分類
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5.3集会
尾中直道
私も5.3集会の「軍国の母」はショックでした。
なぜ、辛い思いを一般庶民がしなければならないのか???しかも、悲しい気持ちにさせないような状況が作り上げられている。戦後60年間なぜ日本が平和でいられたのか?改憲が世界の平和に繋がるのか?今一度みんなで考えるべき!
「美しい国」なんかお笑いだ。

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この記事へのコメント
5.3集会
私も5.3集会の「軍国の母」はショックでした。
なぜ、辛い思いを一般庶民がしなければならないのか???しかも、悲しい気持ちにさせないような状況が作り上げられている。戦後60年間なぜ日本が平和でいられたのか?改憲が世界の平和に繋がるのか?今一度みんなで考えるべき!
「美しい国」なんかお笑いだ。
2007/05/07(Mon) 00:20 | URL  | 尾中直道 #-[ 編集]
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