愛媛県議会議員の  庶民派・元気派・さわやか派  石川みのるが見て歩き、いろいろな思いを語ります。
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2011.11.24 四国朝鮮初級中級学校4

 早いもので、11月も今日で終わり、明日から師走で12月。

 この声を聞くと急に忙しくなってきます。

 ただでさえ忙しいのに、今年の師走はどうなのだろうかと考えると空恐ろしくなってきます。

 さて、先日愛媛県議会の拉致議連の代表として、泉県議と小生が松山にある四国朝鮮初級中級学校を訪問し、呂校長先生と意見交換をし、学校の中を案内して貰いました。

2011.11.24 四国朝鮮初級中級学校1

 拉致事件を起こした北朝鮮と朝鮮総連、さらに朝鮮学校が強い結びつきがあり、未だ解決をしていない拉致問題を解決するためには経済制裁はもとより、朝鮮学校などに支出をしている様々な補助金などが不正に使われている可能性があるので精査すべし、というのが本来の拉致議連の目的と小生は理解しています。

2011.11.24 四国朝鮮初級中級学校2

 ただ、小生はそれを鵜呑みにはせず、逆に両者の間にある誤解を少しでも除去出来ればいいと思い、初めての訪問と相成りました。

 写真にもあるように、朝鮮学校は決して恵まれた教育環境にあるわけではありません。

2011.11.24 四国朝鮮初級中級学校3

 グランドもこんな感じで、周囲にあるブロック塀などもご覧の通りです。

 学校に引き込まれている電線も竹や木々によってこんな状態です。

 この朝鮮初級中級学校は現在、初級、中級で26人の生徒さんが通う学校。

 往時には100人を超す生徒さんが通っていた時期もあったそうですし、以前に使われていた寮も1棟は倉庫になっていました。

2011.11.24 四国朝鮮初級中級学校5

 年間3,500万円はかかる運営費も初級10,000円、中級13,000円の「授業料」と多くは卒業生や同胞からの資金援助でなんとか凌いでいるそうですが、台所は大変だそうです。

2011.11.27 対宇和島東祝勝会2

 また、以前と比べて「韓国籍」の生徒さんが半分くらいいるそうで、卒業生の殆どは広島の高級学校へ進学をし、民族教育を引き続いて受けるそうです。

2011.11.27 対宇和島東祝勝会3

 何れにせよ、拉致問題が解決し、この学校に通う生徒さん、先生達を色眼鏡で見なくていい日が早く来ることを望みます。

 さてさて、本日の画像は四国朝鮮初級中級学校の写真は当然として、11月27日に宇和島東高校OBを破って意気上がる新居浜東高校OBの祝勝会の様子です。

2011.11.27 対宇和島東祝勝会4

 それと11月18日に開会した12月定例県議会の初日に県職員の給与改定条例が先議されました。

 この提案、常任委員会報告に対する反対討論の申し入れ書もアップしましたので、参考にして下さい。

2011.11.27 対宇和島東祝勝会1


                                 2011年11月28日
議会運営委員会
 委員長 岡田志朗 様
                                 社会民主党県議団
                                       村上 要

                   討論の申し入れ

 定第112号議案「職員の給与に関する条例等の一部を改正する条例」案に反対の討論を行いたく申し入れます。

                    討論の要旨

1.11月2日に出された愛媛県人事委員会勧告を受けて提案されている条例改正案は、月例給の減額のみ  ならず、2006年からの給料表の変更に伴う現給保障の廃止という厳しい内容となっている。

2.これまで本県では財政構造改革の中で、当初の計画を上回る205億円もの賃金を削減し、職員も一般  行政職員、教員1,511人も削減してきたにも関わらず、今回の条例提案は職務に精励している職員  にさらに重い負担を強いるものである。

3.特に現給保障を24年度に半減し、25年は廃止するとの案は高齢層では5%もの削減となり、生活破  壊を強いるものと言える。

4.県職員の賃金は民間にも影響を与え、それが再び公務員にも跳ね返ってくることは必至であり、削減の  スパイラルとなり地域経済にも少なからず影響を与える。
                                           
―以上―
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【2011/11/30 09:20】 | 未分類
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2011.11.27 マスターズ宇和島東に完勝1

 ここ数日も忙しくて、ブログの更新がママなりませんでした。

 昨日の午前中は泉川公民館で喜寿を祝う「年輪の集い」があり、午後からは土居町の隣保館で四国ブロックの部落解放共闘の交流集会、夜は新居浜のユアーズでの交流会。

 本日の午前は約200人が参加しての地元の川東連合自治会の防災訓練、午後からは東予球場で宇和島東とベスト4を賭けてのマスターズの準々決勝。

2011.11.27 マスターズ宇和島東に完勝2

 夕方からはこの勝利を祝って、焼き肉の京城園での祝勝会。

 と、まだ他にもこれに書けない用事が次から次へとあり、ブログの更新が出来ない精神的プレーッシャーがありましたが、なんとか寸暇を見つけて更新しています。

2011.11.27 防災訓練1

 とは言え、元気にそれぞれの用事を片付けられていることに感謝をしないといけません。

 さてさて、この2日間のビッグニュースはマスターズで宇和島東を破ったことですかね。

2011.11.27 防災訓練2

 10月10日には予選リーグで吉田、野村を22-8、11-4で撃破し、決勝トーナメントでは今治北高校を6-4で破りました。

2011.11.27 防災訓練3

 そして本日、昨年は準決勝で苦杯を喫した宇和島東との「因縁の対決」となったわけであります。

 従来は若手のチームが最少失点差で年寄りチーム(35歳以上)にバトンタッチをするのですが、今年は7-1と6点差をつけて年寄りチームにバトンタッチ。

2011.11.27 防災訓練4

 これから更に点差を広げるかに思えましたが、宇和島東の薬師寺投手を打ち倦み、更に追いすがる宇和島東…。

 村上、近藤、松浦、秋月投手が踏ん張り、結果は7-3で完勝。
 
2011.11.27 防災訓練6

 まさに、ベンチを含めてのチームワークの勝利です。

 昨年の常勝・今治西を降して堂々のベスト4入りしたように、今年も強豪の宇和島東を降しての堂々のベスト4となりました。

2011.11.27 防災訓練7

 来週は西条高校OBとの決勝進出、四国大会を賭けての闘いとなります。

 甲子園まであと2勝。

 もう観音寺位までの切符を買ってもいいかしら?

 さて、本日の画像はこのマスターの試合が終わって、円陣を組んでいる写真と防災訓練の様子をアップします。

2011.11.27 防災訓練8

【2011/11/27 16:39】 | 未分類
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2011.11.21 マンダリンパイレーツ感謝の集い1

 今日は勤労感謝の日。

 大阪から帰り、毎日松山に足を運ぶ日が続きます。

 今日は、お医者さん達の勉強会に参加させて頂きます。



 さて、21日には新居浜のレイグラッチェふじでマンダリンパイレーツの感謝の集いが開かれました。

 今年は総合で2位だったマンダリンパイレーツですが、やはり勝負の世界は優勝を求められます。

2011.11.21 マンダリンパイレーツ感謝の集いでの星野おさむ監督

 聞けば、他の四国3県のチームはそれぞれ優勝の経験がありますが、残念ながら愛媛だけが優勝の経験がないそうです。

 今年のシーズンを終え、15人の選手が去ったそうです。

 この世界での新陳代謝の凄まじさを痛感させられます。

巨人に指名された土田投手

 薬師神社長の挨拶の中で、新居浜東高校、立正大学出身の大井君が入団を目指して、強い意志を持ち、この間練習にも参加させて頂いているようです。

 お陰で、体も随分と絞ることができたそうです。

 12月10日に合同トライアウトを受け、12月17日に発表ということだそうです。

 何とか合格し、新居浜東高校、新居浜出身の選手がマンダリンパイレーツで活躍できる日が来ることを新居浜市民の一人として、また新居浜東高校野球部のOBとして強く望みます。

 さて、この感謝の集いで嬉しい話題として、ピッチャーの土田選手が巨人に育成選手として入団することになったことが紹介されました。

2011.11.21 マンダリンパイレーツ感謝の集いでの土田投手への花束贈呈

今のプロ野球でも育成選手から活躍する選手も出始めました。

彼の活躍も期待したいと思います。

【2011/11/23 12:56】 | 未分類
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2011111917400000.jpg
 
 野球の佐賀遠征から早いもので1週間。

 この間には愛南町へ行ったりもし、そしてこの週末は久しぶりに大阪へ行ってきました。

 土曜日の夜には大学時代に交流のあった方達6人が難波のおなじみのグリコの看板のすぐ裏手にある松竹座の前で待ち合わせ、中には33年ぶりという方が2人おいでました。

 関西大学の学生時代にタイムスリップし、話の花を咲かせました。

2011112010160000.jpg

 今更と言う感じですが、大阪は都会でありまして、多くの人がいました。

 さしずめ新居浜なら毎日が祭りの様相を呈しているようです。

 今回の大阪行では不覚にもカメラを忘れてしまい携帯電話での撮影になったことが悔やまれて、悔やまれて…。

 時間の経つのも忘れ、話に花を咲かせ、宿に帰ったのが不覚にも1時近くになっていました。

2011112010170000.jpg

 翌日は新居浜出身の3人で吹田の関西大学のキャンパス内、そしてその界隈を散策し、33年前の記憶をよみがえらせました。

 学内は大きく変貌し、立派なグランドなどができていました。


 特にこの3人で注意深く探したのは正に青春時代を親から離れて生活をし始めた下宿でした。

 当時は新築だったのですが、今や30有余年の時空を経て、当時の真新しさなんてものはあるはずもなく、当然ながらひっそりと当時の場所にたたずんでいました。

 この下宿は4畳半一間で共同便所、共同炊事場、共同風呂で、当時としてはあ一般的なそれでした。

2011112010450000.jpg

 今では随分と古くなっていましたが、それでも半分くらいが埋まっていた感じでした。

 家賃を大家さんに聞くと1万円だそうです。

 推察するに皆さんは、やはり「苦学生」なんでしょうか?

 丁度、世代変わりをした大家さんの息子さん夫婦がおられ、30数年前のことに思いを馳せました。

2011112010590000.jpg

 それにしても関西大学の吹田キャンパスは広大であることを再認識し、大学の周りには多くの学生の下宿、今や「学生マンション」が林立していました。

 本日の画像は携帯電話のカメラで撮ったもので、あまり出来の良くない写真となりましたが、ご容赦下さい。

 また、献血に対する理事者の答弁もアップしておきました。


仙波保健福祉部長:
 
 石川議員にお答えをいたします。
 
 献血の重要性をどう認識し、どのように取り組んでいくのか、また、課題は何か、とのお尋ねでございますが、献血成果は人々の善意と助け合いの精神により、医療に不可欠な輸血用血液等の供給を担っておりまして、県民の生命と健康を守るうえで、大変重要な制度であると認識をしております。
 
 このため、県では毎年、献血推進計画を策定いたしまして、愛媛県赤十字血液センターや市町等と連携して、愛の血液助け合い運動や20歳の血液キャンペーンをはじめ、年間を通じて、広く献血を呼び掛けますとともに、企業、大学、専門学校等への移動採血者の効果的な配車や、複数回献血クラブの育成等により、献血者の確保に取り組んでおりまして、県内の平成22年度の献血者数は、目標の5万9千7百人を上回る約6万4千人となっており、血液製剤の供給本数におきましても、計画本数を満たしているところでございます。

 しかしながら近年、特に、10代から20代の若年者の献血者数が減少をし、将来にわたり、安定した献血人口を確保していくうえで、若年層の献血への理解促進とリピーターの養成が重要な課題と考えておりまして、本年4月の採血基準の緩和により、17歳男子の400ml献血が可能となったことを契機にいたしまして、17歳を迎える男子高校生全員に対して、知事が直接献血を呼び掛けるメッセージを配布いたしますとともに、高校生による啓発ワッペンの作成など、参加型の普及啓発活動を展開しているところでありまして、今後も引き続き、学校行事や地域のイベント等を有効に活用し、若年層を中心にすべての世帯に献血層の普及定着を図り、輸血用血液等の安定確保に努めてまいりたいと考えております。
 
 以上でございます。(9分8秒)

【2011/11/21 09:52】 | 未分類
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2011.11.18 我が家のバラ

 やはり忙しいですね。

 決算特別委員会を5日開催しましたから、連日松山に行っている感じです。

 今日の午前中は決算特別委員会、午後からは12月補正予算や行政改革などの説明、そして東予地方局へ。

 さらに午後7時前からはレイグラッチェふじでの土居弘幸先生の講演。

 県庁に居る時は朝鮮初級中級学校への愛媛県議会拉致議連の学校訪問の段取りなど色々です。

 

 昨晩は、上部地区太鼓台運営委員会の役員の慰労会を「たちばな」で。

 小生は始めて参加させて頂だいたので、まだ名前と顔と太鼓台との関係を覚えることができません。

 今年の祭りが済んで1月が経過しての慰労会となりました。

 それぞれの挨拶の中にもありましたが、今年の上部は中萩地区の萩生西、岸の下太鼓台の除名問題、さらに10月15日の元船木と長野の太鼓台の鉢合わせなど様々な問題がありました。

 この慰労会の中ではそれぞれ心中は色々とあるとは思いますが、犯人探しのようなことは無く、「これからどうすれば、上部の祭りがよくなるか?」という意見が出され、ある意味アットホームな感じを受けたのが幸いでした。

 この種の話は極めて微妙、デリケートなので、ここでは詳らかには出来ませんが、小生が受けた印象として、みんな大らかで、前向きで、紳士であるということです。

 この雰囲気がきっと来年の祭りに活かされると思います。

2011.11.18 我が家のバラ2

 さて、本日の画像は久々の我が家の花です。

 実は小生は花などに関する造詣は皆無に近いのですが、この時期に他でもバラって咲くのでしょうか?

 動画は先日の県政報告会の最後です。

 しつこくて済みません。

 それと9月議会での小生の「献血」の質問です。

2011.11.18 我が家の花

 先日、塾を営む私の友人から「教え子が緊急手術をすることになったが、大量の輸血を必要とするので、病院のストックだけでは賄いきれないかもしれない。緊急の場合を想定して、血液型がB型の人を集めて欲しい」という電話がありました。

 輸血に使われる血液は、日本赤十字社が善意の献血により確保したものを、病院に配送してくるものですが、あまりにも悲痛な報に限られた時間の中で、私も出来得る限り友人・知人にダイヤルしました。

 B型は日本人なら概ね2割おり、事業所なら職員・従業員の血液型を把握しているから、輸血をして頂ける方も比較的容易に見つけることができるであろうと思っていましたが、ダイヤルをするほどに、その思いは次々と予期せぬ事態に遭遇するのでありました。

 まず、事業所からは従業員以外の輸血に際し、血液型の情報の提供はして頂けません。また仮にB型の人が見つかったとしても年齢、体重、貧血、感染症、既往歴、服薬、歯石除去、海外旅行、ピアス、ワクチン注射、輸血歴、肝機能障害など、様々なハードルをクリアーしなければならず、提供者を見つけるには並大抵のことではないということであります。

 さらには病院で最終的な輸血の適否を判断するための検査に約2時間を要すなど、限られた時間での輸血の困難さを痛感すると共に、改めて献血の重要性を認識したのであります。

 血液は栄養や酸素の運搬、免疫など人間の生命を維持するためには欠くことのできない機能を多く含んでおり、今日、血液の機能を完全に代替できる手段は存在せず、医療では輸血が欠かすことのできない治療法となっており、血液を確保し続けなければ、現代医療は成り立ちません。

 一方、血液は生きた細胞であり、長時間にわたって保存することもできず、輸血に必要な血液を常に十分確保しておかなくてはなりません。つまり、そのため絶えず誰かの献血が必要となるのであります。

 我が国では1952年、日本赤十字血液銀行東京事務所が開設され、血液事業がスタートしますが、1955年には民間商業血液銀行による売血が盛んとなって献血者が激減し、その売血常習者の血液は血球部分が少なく、黄色い血漿部分が目立つ所謂「黄色い血」と呼ばれ、輸血に効果が無いばかりか、輸血後に肝炎などの副作用を起こしがちとなり、この売血が大きな社会問題となるのであります。

 そして、1964年の閣議決定で献血によって輸血血液を確保するようになり、この業務を日本赤十字社が行うこととしたのであります。

 1974年には民間商業銀行が預血制度を廃止し、ようやく我が国において100%の献血体制が確立するのであります。

 この後、エイズ、ウイルス性肝炎、クロイツフェルト・ヤコブ病などへの対策を講じつつ、この4月からは男性に限り400ミリリットル全血献血が、可能な方の年齢の下限を18歳から17歳に引き下げ、さらに血小板成分献血が可能な方の上限を、54歳から69歳に引き上げるなどし、今日に至っているのであります。

 また、2003年7月30日にいわゆる新血液法が施行され国、県、市町、日赤が血液事業を分担して推進することとなり、2009年には全国で延べ530万人の方に献血に協力を頂き、今日の医療を支えているのであります。

 本県では今から20年前の1991年度の10万8千人をピークに減り続け、一昨年度には6万3千人となりましたが、実人数は3万8千人に過ぎないのであります。今でも十分な量を確保でき得ていない中、このまま推移するとすれば、16年後には全国で100万人、愛媛では1万人分の血液が不足すると予測されているのであります。

 そこでお尋ねを致します。

 県民の生命、健康に大きく関わる献血という分野で、大きな役割を担うべき県として、献血の重要性をどのように認識し、どのように取り組み、どのような課題があるのかお聞かせ下さい。

 また、将来にわたって、安定的に輸血用血液を確保するために県としての今後の取るべき対策をお聞かせ下さい。

【2011/11/18 17:47】 | 未分類
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2011.10.27 道路掃除1

 昨日、今日と良く走りました。

 よく走って、体力増強とダイエットのなればいいんですが、車で走っただけなので、残念ながらダイエットにはつながりません。

 愛南町の一本松まで約200キロあり、本当に同じ愛媛とは思えません。

 

 昨年の3月27日に宇和島道路の宇和島南から津島町高田の7.8キロ区間が開通をしたのですが、道中はまだまだ一般道の56号を走らなければならないので、余計にとても遠く感じます。

 今年度中には西予宇和から宇和島北までの15.5キロが開通するということですので、比較的信号があって、通過するのに時間を要する旧吉田町内を通らなくてよくなりますし、勾配があってカーブがきつく事故の多い知永峠を通らなくてよくなるだけに心待ちにしています。

2011.10.27 道路掃除2

 そして、津島町高田から岩松までの3.5キロについても工事を行っており、これが26年度に供用開始となるそうであります。

 あと3年もすれば合わせて19キロが自動車専用道路で結ばれることになり、今よりも格段に速く安全に走ることができるようになります。

 さらに先日発表されたように、この津島町岩松から愛南町柏までの約10キロが来年度から事業化されるとのことです。

 この津島町岩松から愛南町柏までの現道の56号線は地形に律儀に沿っていますから、海岸線に忠実に走り大きなカーブの多い区間で約20キロあります。

2011.10.27 志布志港のガントリークレーン2

 この20キロが、トンネルや橋梁の建設によって限りなくストレートとなるため、この区間が10キロほどになるそうです。

 この区間の完成も待たれます。

 はて、この区間が完成する頃まで、小生は生きているのでしょうか?

 で、本日の画像は鹿児島の最後と先日の県政報告会の動画をお届けします。

 それにしても動画は太鼓台のならまずまずアクセスがあるのですが、県政報告会となるとさっぱりです。

2011.10.27 志布志港のガントリークレーン1

【2011/11/16 20:29】 | 未分類
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2011111115490000.jpg

 11月11日、12日と佐賀県の武雄市を訪問。

 武雄市役所ではHPを8月1日にface bookに完全移行したとのこと。

 小生なんかface bookを知ったのはつい最近なのに武雄市では丸々移行とは?

 大胆不敵。

 今回の研修では恥ずかしながら武雄市の樋渡啓祐市長という方を初めて知りました。

 うーん、なかなかバイタリティーがあり、個性も中々強く、アピール性のある方とお見受けしました。

 このface bookもさることながら、部課のネーミングも凄い。

 役所では定番の名よりも「名は体を表す」風にネーミングしています。

2011111116120000.jpg

 「つながる部」は一般的には総務部関係で、「営業部」は経済部関係か?

 「くらし部」とは福祉部で、「こども部」は児童福祉関係。

 この「こども部」には「食育課」というのもあり、「まちづくり部」は建設部関係でしょうか。

 課の名前もユニークです。

 「お結び課」は縁結びを司る課のようであり、「いのしし課」もあって、イノシシに関することを特化させて住民の要望に応えています。

 

 また、「佐賀のがばいばあちゃん課」というのもあって、観光案内などを担当しているそうです。

 「未来課」には子育て、保育所、幼稚園、子育て総合支援センターなどを所管します。

 そして、極めつけは「つながる部秘書広報課には「face book係」があります。

 他にも面白い課、係りの名前がありますが、本日はこの位に。

 さて、今回の武雄市訪問のもう一つの理由は、県議会議員野球での日本一決定戦をすることもその理由です。

 全国で愛媛、熊本、佐賀が全国の県議会野球では実力があり、強豪と評されるチームで、その雌雄を決するために武雄市へ。

 佐賀県議会とは諸般の事情で今回は正式対戦にはなりませんでしたが、愛媛県議会は熊本県議会チームと日本1を賭けた歴史的な一戦を行いました。

1回の表に愛媛県議会は怒涛の攻撃でいきなり10点を先取。

 熊本も自らが日本一と豪語していただけに、その実力は侮りがたいものがありましたが、結果は13:5で愛媛県議会が力でねじ伏せた感じですかね。

 小生はこの頂上決戦には何が何でも勝たなければならいとの並々ならぬ使命と期待を背に、肩や肘の痛みをもろともせず、玉井捕手の構えるミットをめがけ、ただひたすら腕を力一杯振って完投。

 5点を取られたことには小生の反省もありますが、自責点は2?

 

 この日、次の試合で熊本と4イニング、佐賀と3イニングの交流試合を行い、小生は結局この日は9イニング投げて、4イニング座り、この試合もトータルで12:0。

 愛媛県議会チームとしては堂々の成績だったのではないでしょうか?

 これで対県議会を相手にしての試合では17連勝です。

2011.10.26桜島国際火山砂防センター2

 小生も久しぶりに適度に体を動かし、適度に筋肉に負荷をかけて、適度に汗をかくことが出来ました。

 バックで小生に声を掛け、ボールをさばいて頂き、攻撃では攻守、好打で勝利に導いてくれたチームメイトの皆さん本当にありがとうございました。

 今日の画像は武雄市役所に掲げられた看板、これとは別に桜島国際火山砂防センターの写真。

 動画は先日の県政報告の続きです。

2011.10.26 桜島国際火山砂防センター1

【2011/11/14 08:37】 | 未分類
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2011.10.26 黒豚の豚シャブ
 
 先日のface book にも書いたのですが、ここ数日若い方の訃報が届き、些か落ち込んでいます。

 25歳のYさん、29歳のR君、そして昨日は現役の組合役員の奥さんと。

 それぞれも、そして周りのご家族ももっともっと生きて欲しかったと願っていたでしょうに。

 まさに無情の風は時を嫌わず、です。

 さらに「若いとて、末を遥かに思うなよ、無情の風は時を嫌わず」です。

 小生はここ数日は夕食を取るのは10時を回ってから。

 とにかく、やらなければならないことが多くて多くて。

 さらに考えることも多くて、涙が出そうです。

2011.10.26 桜島1

 そんな訃報や多忙さの中で、気持ちが滅入ってしまいます。

 ゆっくり温泉につかってアサヒをシュワー、なんて夢のまた夢のような気がします。

 今の小生はそんな夢みたいなことは追いません。

 せめて、何も考えずにランニングをして爽やかな汗をかきたい。

 それが今の小生のささやかな願望です。

2011.10.26 桜島2

 さて、明日は新居浜を7時前に出発をして、佐賀県の武雄市役所へface bookなどの研修に行ってきます。

 小生もface bookを嗜んではいますが、今ひとつ理解が出来ていません。

 少しは賢くなって帰ってきます。

 で、本日の画像は鹿児島名物の黒豚のしゃぶしゃぶと桜島の雄姿です。

【2011/11/10 20:52】 | 未分類
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これ1

 11月5日の午後3時から「レイグラッチェふじ」で県政報告会を開催しました。

 雨が降る中ではありましたが、200人もの多くの方が足を運んでくれました。

石川みのる県政報告会で、佐々木龍市長挨拶

 

 ホントに感謝、感謝です。

 佐々木龍市長、村上要県議も来賓として参加してくれました。

佐々木龍市長

 特に、村上要県議は外からは中々判らないことを同じ県議会議員の視点で、詳しく「暴露」してくれました。

 これまた感謝、感謝です。

 小生は県議会の様子やら新居浜市と県との関係における道路、河川、学校などについて30分も喋ってしまいました。

石川みのる県政報告会で、村上要県議の話1

 

 皆さんが納めた税金がどのような形で地域に還元されているのかをお伝えし、市民・県民の皆さんと県政、県議会をより身近に感じてもらえるように腐心しました。

村上要県議1

 これはこれでこの県政報告会も数の上では成功ということに相成った次第ですが、十分な案内ができなかったことなどを含め、結果的には様々な反省点がでました。

 それらを考えると胃が痛くなります。

石川みのる1

 さて、6日は泉川公民館祭り。

 8時40分頃から皆さんと餅つきをし、新居浜公民館、多喜浜公民館を経て、宇和島の丸山球場でのマスターズ大会決勝トーナメントへ。

 対戦相手は今治北高校。

 2回を終わって2-0でリードするも折からの降雨で無情にもノーゲームに。

 延期になった試合は12日の土曜日に西条の「ひうち球場」で。

 いくら週休2日制と言っても、必ずしも土曜日に休みが取れるとは限りません。

 つまり、やはり戦力ダウンは避けられないような情勢にあります。

 12日と言えば、小生は佐賀県。

 皆さん、頑張ってぜひ朗報を届けてください。

【2011/11/07 17:42】 | 未分類
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2011.10.26 海の中道海浜公園 黒鳥 

本来ならばこの時期になると「秋祭りも終わり、秋も深まり、山の紅葉も色鮮やかになり・・・」などという枕詞を言って、挨拶をするのでしょうが、ここ数日の暖かさからするととてもアンマッチな感じです。

 そして、今日はあいにくの雨。

 本日の午後3時からの小生の県政報告会の集まり具合はどうなのでしょうか?

 とても心配です。

 さて、11月3日は時節柄、様々な行事がある中で、昨年は欠席をさせて頂いた今治・東予地区大学校友会親善ソフトボール大会を優先させて頂きました。

 最近の運動不足、そして我が関西大学の低迷を考えての決断となりました。

 このソフトボール大会も会を重ねて今年で44回目。

 今治地区はもとより、県内でも歴史を感じさせるビッグエベントだと思います。

 今年の大会では初めて東京大学が参加し、初戦の法政大学と熱戦を展開したようです。

2011.10.26 海の中道海浜公園 白鳥

 因みにこの大会に参加した大学校友会は、東から①東京大学、②早稲田大学、③慶応義塾大学、④立教大学、⑤法政大学、⑥明治大学、⑦中央大学、⑧日本大学、⑨専修大学、⑩国士舘大学、⑪同志社大学、⑬立命館大学、⑭京都産業大学、⑮関西大学⑯近畿大学、⑰松山大学という顔ぶれでした、

 それぞれが青春時代を過ごした大学の看板を背負っての熱戦となりました。

 昨年我が関西大学は初戦の慶応義塾大学に敗退したそうで、今年は少なくとも初戦は勝ちたいとの思いが…。

 メンバーも新居浜消防署に勤務する元今治西高校球児の中山君などの参加もあって、我が関西大学は初戦の明治大学を4:2というこのレベルの大会では極めて僅差の緊張感あふれる試合を展開しての見事な初戦突破。

2011.10.26 海の中道海浜公園の花1

 次いで2試合前は、立教大学を大差で破り意気揚々。

 しかし、3試合目になると徐々に疲労の色が濃くなり、先の2試合で出なかったエラーなども出て、結局、準決勝で立命館大学に10:18で敗れ、ベスト4に。

 それでも昨年の成績を大きく超えました。

 小生もホームランを2本。

2011.10.26 海の中道海浜公園の花1

 しかし、正直この歳になると1日3試合はきついですね。

 でも、運動日和のこの日、適度に体を動かし、適度に汗をかき、適度に笑い、校友の皆さんとの交流を深め、健康的には本当に良かった久しぶりのソフトボール大会となりました。

 皆さんお疲れ様でした。

 それにしても愛媛大学などは沢山卒業生が県内にはおられると思うのですが…。

2011.10.26 海の中道海浜公園の花2

 で、本日の写真はこのソフトボールとは関係のない海の中道海浜公園の続きとなります。

 悪しからず。

 それと9月議会での小生の緊急消防援助隊の質問に対する中村時広愛媛県知事の答弁をアップしました。

2011.10.26 海の中道海浜公園の花時計

中村知事:

 石川議員にまず、緊急消防援助隊についてのうち、にお答えをさせていただきます。
 
 緊急消防援助隊は、大規模災害など、被災地や被災都道府県内の消防だけでは対応できない状況において、消防庁長官の求めや指示により、都道府県の舞台として出動し、応援活動を行うもので、東日本大震災では愛媛県隊として県内14すべての消防本部の力を結集し、航空隊一隊7人が福島県へ、陸上隊34隊、112名が岩手県へ出動し、孤立者の救助や行方不明者の捜索、傷病者の救急搬送などの活動を精力的に展開いたしました。

 今回は、愛媛県隊にとって創設以外、初めての出動であったにも関わらず、愛媛県民の期待を背負い、極めて強い使命感と責任感のもと、宿泊場所や食料を自己調達しながら氷点下の過酷な状況にあって、捜索、消防車、搬送等、一人でも多くの被災者の救助、支援するという初期のニーズを積極果敢に果たしたと認識しています。
 
 また、これら愛媛県隊の活動に対し、被災者の方から県へのお礼のメールや活動中の隊員に対する感謝や激励の言葉をいただいており、誇りに思うとともに大いに評価をしているところであります。
 
 なお、出動隊の報告によりますと、これまでの訓練で対応したことのない東北地方への出動であり、移動に多大な時間と労力を要した他、寒冷地での活動のため、多くの消防車のタンクの水量計が凍結して破損するなどの不具合が発生しました。
 
 また、被災現場では無線施設の被災等により、通信に支障を生じたこと、可燃性ガスや油の漏洩により、救助工作機が使えず、手作業を強いられる場面があったことなど、今後の活動のうえで、貴重な教訓が得られたのではなかろうかと思います。
 
 今回出動した隊員が、被災直後の状況を間近で見て、肌で感じた貴重な経験を活かすため、5月25日の愛媛県消防大会において活動報告を行ったほか、各市町において部隊長による報告会などを行い、市町や消防職員の災害対応能力の向上を図っているところでございます。
 
 今後は、県内消防本部と連携して今回の派遣で得た成果と教訓を踏まえ、災害発生時における応援や受援体制の充実を図ってまいりたいと思います。
 
 いずれにしましても大切なことは、日頃の地道な訓練の積み重ねであって、それによっていかなる状況を前にしても、実力100%発揮を可能ならしめるということにつながることになると思います。

 また、キーマンが率先垂範姿勢を示すことで、士気が上がって組織がフルに機能することにもなります。

 先日も行われました、県議会全国野球大会で石川投手がまさにその任務を示されたことで決勝戦の完封試合につながったようにも思います。

【2011/11/05 08:43】 | 未分類
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 2011.10.26 海の中道海浜公園 ネズミ科の…1

 早いもので、11月。

カレンダーもこの月を入れてあと2枚のみとなってしまいました。
 
 さて、10月31日に愛媛県議会野球同好会が松山南ロータリークラブと練習試合を行いました。

2011.10.26 海の中道海浜公園 ネズミ科のカピバラ2

 ロータリークラブといえば年配者ばかりと思っていたら大間違いでした。

 若くて野球の上手な方がたくさんいましたし、このクラブは朝練習もしている大の野球好きのクラブとか。

2011.10.26 海の中道海浜公園 ネズミ科のカピバラの3

 小生はこの日、ピッチャーをしたのですが、松商野球部出身の青年に特大のホームランを打たれたりして、6失点。

 もっともエラーなどもあって、自責点は2点だったとは思いますが。

 少しプライドが傷ついたほろ苦い一戦となりました。

2011.10.26 海の中道海浜公園 ボリビアリスザル

 本日の画像は、先日に続いて海の中道海浜公園の動物たちを紹介します。

 そして、9月議会で小生が質問をした緊急消防援助隊に対するリアクションもあるみたいなので、質問現行をアップしました。

その中身を見ながら緊急消防援助隊に対する評価をして上げてください。

2011.10.26 海の中道海浜公園 ボリビアリスザル2

 震災発生から6カ月余が経ち、未だ本格的な復旧・復興の槌音が聞こえず、原発事故の収束の目処も立たない中、私自身忸怩たる思いを否めません。
 さて、今回の東日本大震災では緊急消防援助隊も大きな役割を果たしました。
 
緊急消防援助隊は、阪神淡路大震災の教訓を踏まえ、大規模災害の発生時に全国の消防機関が相互の援助体制を構築するため、1995年6月に、総務省消防庁により創設されました。

 その部隊の内、指揮支援部隊は、ヘリコプターでいち早く被災状況を確認し、国・総務省消防庁や県との連絡調整、現地の消防機関の指揮支援を行い、主に政令指定都市の消防本部がその任務にあたります。
 
 また都道府県部隊は、指揮支援部隊の指揮のもと、被災現場での最前線での活動が主となり、都道府県ごとに部隊が組織され、全国規模の応援体制を確立しており、2011年4月1日現在、全国で4,354隊の部隊が登録され、愛媛県隊は県下14消防本部すべてから、60隊、ヘリコプターや消防自動車、救急車など総勢232人の隊員で構成されているのであります。

 今回の震災では、発生翌日の3月12日、7時45分に、消防庁長官より本県消防防災航空隊への出動指示があり、1隊7人が松山空港を離陸、午後には応援先の福島空港へ到着しました。

 愛媛県航空隊は13、14日と捜索救助活動を実施し、宮城県亘理町において2名を無事救助しましたが、その後、福島原発の事故により退避を余儀なくされ、3月15日に帰県しました。

 また、発生から3日後の3月14日、11時25分には、消防庁長官より緊急消防援助隊陸上隊への出動指示があり、愛媛県隊34隊、112人は松山自動車道・上分パーキングエリアに集結。

 17時10分に緊急消防援助隊愛媛県隊の発隊式、県知事に報告。このようにして緊急消防援助隊、愛媛県隊としての初派遣は、片道約1,300㎞もの遠隔地に向けての出動となりました。

 陸上隊が出発した翌15日には、静岡で震度6規模の余震、福島原発の爆発事故による待機命令、給油の不安、積雪、路面陥没、通信の困難性、放射線の検知、東北自動車道でのパンク、2台の車両の緊急修理など様々な悪条件を克服しての移動となり、結局、活動先の岩手県に到着したのは、出発から3日目の夜になったのであります。

 現地は寒さが厳しく、愛媛県隊は体育館を拠点にし、町民の方々の心温まる炊き出し支援を受けながらの活動でありました。

 現地に赴いた隊員が目にした光景は、土砂、材木、鉄骨、車、工場や住宅の残骸など、地上のすべてのものが堆積した状態であり、街並みがなく、タンカーが乗り上げ、見渡す限り瓦礫と土砂、町は壊滅状態、想像をはるかに超えた地獄絵巻の様相を呈し、まさに生の世界から死の世界にやってきたとの印象を持ち、生きている人がいること自体が奇跡以外の何物でもないと感じたそうであります。

 今回の愛媛県の陸上隊は3月14日~3月21日までの8日間派遣され、その内、岩手県釜石市において人命救助活動などを実施し、現場活動期間は2日間となりました。

 現場では情報が殆んどない中、人海戦術による検索を行い、結果、2日間で10人を発見したものの、救出、生存者の発見は果たせなかったそうであります。
 
 救急隊は、救急車10台で、被災地住民の傷病者を市内の病院から片道50kmから100kmの道のりの市外病院に搬送し、被災現場での人命検索に当たっている消防隊の活動支援も行い、2日で9件の出動があったそうであります。
 
 全国の緊急消防援助隊は、3月11日~6月6日までの88日間で、延べ2万7千544隊、10万4千93人が出動し、5,064人を救出しました。因みにこの震災では現地の消防職員の死者・不明者が27人、消防団員の死者・不明者が253人となったのであります。

 今回の派遣で隊員が見聞きしたこの上ない悲しみ、残念な事の一つとして、昨年オープンしたばかりの釜石市鵜住居(うのすまい)地区防災センターの事例が挙げられます。
 釜石市が、被災者が中長期的に滞在する拠点に指定していた防災センターには釜石市消防本部の出張所もあり、地域の防災拠点でしたが、その防災センターは全く機能を果たすことなく壊滅し、同センターに避難していた約100人の内、68人の方が死亡する悲惨な結果になったそうであります。

 一方、これだけ被害が甚大であった釜石市でも、津波襲来時において学校の管理下にあった中学生、小学生の生徒・児童は、これまでの訓練や当時の的確な判断などもあり、一人の犠牲者も無く、全員無事であったという「釜石の奇跡」も報告をされているのであります。


 そこでお尋ねを致します。

 今回初めて派遣された県の緊急消防援助隊に対する評価はどうか。

 また、派遣に際しての課題は何であったのかお聞かせ下さい。

 併せて、今回派遣された緊急消防援助隊の極めて貴重な経験等を県の災害対策に生かすべきと考えますがご所見をお聞かせ下さい。



【2011/11/02 07:47】 | 未分類
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