
本館の懸垂幕
11月6日の午前10時から新居浜商業高等学校の創立50周年式典がありました。
新居浜商業高等学校は昭和35年、1960年に新居浜市立として開校。平成2年、1999年に県立へ移管された独立商業高校。

式辞を読む森岡校長先生。
卒業生は13,500人になるそうです。
ハンドボール部、ソフトテニス部は全国優勝、バスケットボール部も全国準優勝の成績を収めた学校です。
その中でも野球部は夏の大会準優勝、国体も準優勝という全国に誇る成績を残してきました。
過去には新居浜が「あらいはま」と言われていた時期もありましたが、この「新居浜商業高等学校の全国区の活躍の中で、愛媛の「新居浜」として全国的な認知を得ることができ、その功績は極めて大きいものがあり、新居浜市民のシンボルでもありました。

体育館に飾られた刺繍
小生が5歳の時の創立から新居浜商業高等学校も今年で50周年。歳月の経つ速さを感じざるを得ません。

記念に造られた中庭で3人の生徒さんが笑顔で応えてくれました。
その新居浜商業高等学校の歴史的な創立50周年の式典に参加をさせていただいたことは誠に光栄であります。

準優勝のメンバーと南海放送の野志克仁アナウンサー
式典のあと、新居浜商業高等学校が夏の甲子園で準優勝という偉業を成しえた時のメンバーが参加し、南海放送の野志克仁アナウンサーが進行役を務め、それぞれに当時の思い出や在校生に対して送る言葉を披露していただきました。
新居浜商業高等学校の校歌
メンバーは当時の投手の村上博昭さん、一塁手の片岡大蔵さん、遊撃手の近藤正人さん、キャプテンで中堅手の野口泰敬さんでした。
皆さん、厳しい練習に耐え、偉業を成しえた実績もあり、さらになかなか雄弁家でありました。
皆さんの共通する思いは「人生に無駄はない。常に目標と夢を明確に持つ!」ということでしょうか?
このイベントに参加できた小生もさることながら、在校生の皆さんも50周年という節目に感謝していると思います。
愛媛県議会9月定例議会から
石川 稔県議の質問と答弁
<市町村合併について>
次に市町村合併について質問をさせて頂きます。全国では1999年3月には670市、1994町、568村、合わせて3,232自治体あったものが、来年3月には783市、782町、188村、合計1,753にまで減る予定であります。
本県では、2003年4月に新居浜市と旧別子山村の合併を皮切りに、市町村合併が本格化し、2005年8月に新宇和島市が誕生したことをもって、旧合併特例法による県内での所謂「平成の大合併」が終了し、70市町村が20市町にまで減り、その減少率は71.4%で全国3位となったのであります。
この合併問題については、本議会でも幾度となく取り上げられ、肯定的な評価として理事者から示されたのは、「それのみを抜き出して評価することは困難でございますけれども」と前置きした上で、「例えば職員数について、一部事務組合を含む一般職員数を平成14年から19年までの5年間に、約1,700名、9%と大幅に削減できましたのは、合併効果の表れでもあると認識致しております。
特に市町村長や教育長、議会議員及び各行政委員会委員については、約1,900名、金額にして年に約42億円の削減となっておりまして、直接的な合併効果と言えると考えております」との答弁や「新居浜市の旧別子山村では、診療所開設による無医村状態の解消、携帯電話の通話可能エリアの拡大、市街地と結ぶ地域バスの導入が進められるなど、各市町がより広い視点で積極的に住民サービスの向上に取り組んでいるところでございます」との答弁がなされました。
一方では「合併市町におきましては、中心部と周辺部の格差の拡大、行政と住民との疎遠化、行政サービスの低下などが懸念されておりまして」とか「新市町としての地域の一体性の醸成や住民自治組織の活性化など、解決すべき課題もあると認識しております。」との答弁がされてきました。
しかし、8月27日の朝刊には市町村合併に関する県内世論調査の結果として、合併が良かったと回答したのが17.7%、悪かったが24.2%と、2007年7月の調査と同様の結果が出た、と報じられていました。
また、全国町村会は昨年9月に「画一的な合併推進の結果、地域の振興などを担っている町村役場の機能が低下し、全国町村会の調査においても、合併のデメリットを指摘する声が合併の成果を上回り、数多くあげられている。平成の大合併の検証を十分に行い、これ以上の合併推進を行わないこと」と、意見表明を行っています。
このように全国的にも県内的にも、この平成の大合併の評価が捗々しくないのであります。
私も県内を歩いて住民の方から「役場から離れれば離れるほど、その地域が廃れている」との声を聞きます。
いま地方は、三位一体の改革と相まって、「切り捨てられている」との思いを強く持たれているのではないかと思うのであります。
地域の住民の皆さんは、昔であったなら、もしそこに人がいれば学校を作り、もしそこに人がいれば保育所を作り、もしそこに人がいれば郵便局を作ることによって、行政が、政治がその地域で生活を営む方々に手を差し伸べてきた。
しかし今は、地方では学校がなくなり、保育所がなくなり、郵政民営化の中で郵便局がなくなり、規制緩和の中で小さな商店は姿を消し、そして医者もいなくなっているという冷厳な現実に直面していると思うのであります。
そこでお伺いをします。
県内では早い合併から6年余、直近の合併からでも4年余が経過しました。この県内での平成の大合併についての本格的な総括作業を行うべきと考えますが、ご所見をお聞かせください。
また、県として2005年度から2007年度までの3年間、県単独事業の合併市町周辺地域振興補助金を毎年度3億円計上し、周辺地域の活性化に向けた取り組みを支援してきたと伺っていますが、この成果と課題は何だったのかお聞かせください。
【長谷川総務部長】
石川議員にお答えをいたします。
市町村合併について2点お尋ねがございました。
まず、県内での平成の大合併についての本格的な総括作業を行なうべきではないかとのお尋ねでございます。
市町村合併の評価につきましては、石川議員が紹介されました先日新聞社が実施いたしました県内世論調査結果や全国町村会の厳しい意見表明などさまざまな意見があることは十分承知しております。
しかしながら、人口減少、少子高齢化の進行等の社会状況の変化に対応して、地方分権の担い手となる基礎自治体にふさわしい行財政基盤を確立するためには、合併は避けて通れない課題であり、市町村の減少率が全国3位と本県の合併が進みましたことにつきましては、各市町村の首長、議員、そして住民の皆様が合併の必要性を十分に理解し、地域の将来を真剣に考えられた結果だと認識しております。
石川議員お話の市町村合併の総括につきましては、本年1月、合併いたしました県内18市町を対象に市町当局の評価による調査を実施し、3月に愛媛県における平成の市町村合併における検証として、愛媛県市町合併推進審議会に報告するとともに、公表したところでありまして、これが現時点における合併の総括にあたるものと考えております。
この検証によれば、合併後、3年から5年の段階で、市町村合併に期待される全35項目の内、約69%の割合で効果が発現しているまたは発現の見込みとの結果となっており、合併により行財政基盤の強化や住民サービスの維持・向上等が図られるなど、市町の体制整備の点では、一定の成果が出つつあるものと考えております。
一方で、少子高齢化や過疎化の急速な進展と相まって、特に合併によって周辺部となった地域がさびれたとの声もあり、地域の一体性の醸成、住民自治組織の活性化など、今後、解決していくべき課題もあると認識しております。
さらには、本年6月の第29次地方制度調査会の答申でも言及されております通り、市町村合併の本来の効果が発現するためには、市町村建設計画等で一般的に定められている10年程度の期間が必要であり、継続的な取り組みが求められるところであります。県といたしましては、こうした課題等を十分踏まえ、今後とも合併の効果や課題等のフォローアップを継続いたしますとともに、合併市町における中心地域と周辺地域が一体となったまちづくりに対する支援や必要な助言等に努めますほか、国に対しても、合併市町に対する財政支援の確保・充実について強く要請して参りたいと考えています。
次に、合併地域周辺地域振興補助金による周辺地域活性化に向けた取り組み支援の成果と課題はどうかとのお尋ねでございます。
県におきましては、市町村合併に伴い活力の低下が懸念される周辺地域の振興を最重点課題と捉え、平成17年度から19年度までの3年間、合併市町周辺地域振興補助金により市町や民間団体が行う創意工夫を活かした地域づくり活動に対し、ソフト・ハード両面から支援を行ってきたところであります。
その結果、対象となる周辺地域すべてにおいて、事業が実施され、観光・交流の拠点となる施設や地域特産品の加工・販売施設の整備、新たな交通手段の確保、地域資源を生かしたイベントの開催などが進められてきたところでありまして、これにより周辺地域の活力の維持や新たな魅力の創造に一定の貢献を果たしたものと認識しております。
一方で、合併市町が新たな地域づくりを進めるには、先程申し上げました通り、地域の一体感の醸成や中心部と周辺部のバランスのとれた取り組みを支援していくことが課題であると考えており、このため、県といたしましても、平成20年度から新ふるさとづくり総合支援事業により、市町の一体的かつ自立的な発展に向けた地域づくりを支援しているところであります。
以上でございます。

東田自治会運動会1
急に寒くなりました。
そんな11月1日には小生の地元の東田自治会の運動会がありました。
今や新居浜市内でも単位の自治会で運動会をしているところはほんの数えるほどだと思います。

東田自治会運動会2
以前の東田は太鼓台も無い中で、それに代わる何かをということで運動会を始めました。
正確に第何回かは記憶していませんが、開催場所を最初は泉川小学校、次に河川敷、そして東田保育園と変えながら今日まできました。
それでももう30回は数えているんではないでしょうか?
準備をする役員、運動会に参加する自治会員・・・。そんな協力の中で今日まで続けてきた苦労は並大抵ではありません。

東田自治会運動会3
そして、その運動会の昼食時や打ち上げの時には必ずと言っていいほど、「東田にも太鼓があったらええのに」と、飲むほどに太鼓の必要性が強く、大きく論じられてきた歴史があります。
その長い歴史の東田自治会の運動会もついに「東田太鼓台」として、見事に結実しました。
この日の運動会はあいにくの天候で、午前中で中止になりましたが、昼からは自治会館で先だって終わった祭りのDVDを見ながら、夕方の6時くらいまで話の花が咲いたことは言うまでもありません。
いやー、小生もこの時は久しぶりにリラックスして、皆と飲み、語らいました。

大学校友会対抗ソフトボール1
11月3日は恒例の大学校友会親善ソフトボール大会が今治で開催されました。
会を重ねて第42回。今年エントリーしたのは16チーム。
今年は各校の校友会が9,000円を持ち寄り、11月1日の愛媛新聞の朝刊に広告を出しました。

大学対抗ソフトボール2
この大会は昭和43年ごろに始まり、最初の内は春と秋に年2回行われていたそうです。歴史を感じさせる話です。
今年の出場大学は、早稲田、慶応、明治、立教、法政、中央、専修、日本、国士舘、同志社、立命、関学、近畿、京都産業大学、松山、そして関西の16チームでした。
夜は夜で懇親会があり、ソフトボールにエントリーをしていない大学の校友会も参加をしているとのことです。
小生は、昼のソフトボールには参加をしていますが、夜の懇親会には参加をしたことがありませんので、その様子をお伝えすることが困難です。

大学対抗ソフトボール3"
わが関西大学チームの初戦は中央大学。次に関西学院大学と連破。
いわゆる「関関戦」で勝利を掌中に収めたのは特筆すべき成果でした。
しかし、準決勝で早稲田大学と対戦。スコアは?うーん、相当でした。
わが関大も3試合目となると疲労もあり、それぞれが足を引きずり始めます。
やはり、普段から目的意識的に運動をしていないと加齢もあり、2試合が限度のようです。
小生もショートを守ったのですが、やはり寄せる年波には勝てず、往年のような動き、バッティングができなかったのが悔しくて悔しくて。

関西大学校友会の皆さん。
それでも元気に老若を問わず、関西大学の校友の皆さんと空一杯に広がる秋の青空の下、元気にプレーができたことに「生」と「喜び」を感じた一日でした。

09.10.31.県政報告会会
早いものでも11月。今年のカレンダーも残り少なくなりました。
この10月は議会あり、東京への出張あり、祭りあり、野球の全国大会ありで「激動」でした。
その集大成が10月31日に行われた小生の県政報告会。
この日は土曜の昼下がりという中にも関わらず150人の方が参加をしてくれました。
ホントにありがたいですね。

昨年はちょうど新居浜市長選挙、そして衆議院議員選挙近しという中で行われました。
あれから1年。おホントに日の経つのは早いですね。
今年は佐々木龍新居浜市長、白石洋一衆議院議員、佐々木秀二連合新居浜地協議長、そして我らが岡平知子さんが県政報告会に応援に駆けつけてくれました。

佐々木新居浜市長
佐々木市長はユーモアたっぷりに「石川県議は体力だけはあり、知はそこそこ。根性は人一倍」とお褒めやら…。
白石洋一衆議院議員は政権交代を実感している永田町界隈の雰囲気を披露してくれました。

白石洋一衆議院議員
また、佐々木連合新居浜地協議長は「今後も連合として石川県議を支援していく」と約束をしてくれました。
連合新居浜地協・佐々木議長
そして、岡平さんはさすがに落ちたとは言え衆議院候補らしく巧みな話術で会場を和ませ、決めるところはきちんと決めていただきました。
また、友近聡朗・参議院議員からはメッセージも寄せて頂きました。

我らが岡平知子さん
ある、参加者によると「岡平さんの話が一番元気があって、わかりやすかった」と。
うーん、小生たちは面目丸つぶれであります。否、それだけ卓越した話術を駆使した岡平さんの存在感があったというわけです。
岡平さんの次なるステージへの果敢な挑戦と健勝を祈念した今回の「石川みのる県政報告会」でした。

今治在住の石水伴清先輩は現在86歳。県議会議員を7期務められた小生の大先輩であります。
1923年、大正12年の5月21日に土居町北野にお生まれになった。

その石水先輩が今年の5月に「回顧録」を出版されました。
戦争を経験し、26歳で社会党に入党。町会議員を経て、1963年に40歳で県議会議員となられ、連続7期当選。
今は今治での後継は村上
要社民党愛媛県連代表。
その石水先輩が262ページに及ぶ「回顧録」を書かれた。
これまで歩んで来られた人生の膨大な資料を整理しつつ誠に素晴らしい内容の本です。
新婚旅行には土居から高松へ1泊の旅行。当時は米を1升と木炭一封を持参したと記されています。

これだけのボリュームの本、更に史実を記す正確さ、卓越した文章表現…。
まさに歴史と伝統、重量感が漂う一冊です。

小生のような青二才にはとてもとても真似はできません。
皆さん、ぜひ一度お読みください。
9月議会から
<高速道路の無料化について>
次に高速道路の無料化について質問をさせて頂きます。
前述のように、民主党、社民党、国民新党連立による鳩山政権が誕生し、日本近代史に新たな記念すべき1ページを刻みました。
しかし、同時に都道府県を始めとする自治体も予算の組み方、執行について様々な危惧を抱くのは想像に難くありません。
それはアメリカやイギリスのように、政権交代を繰り返してこなかった我が国においては、ある意味では当然のことかも知れません。
とは言え、昨年来の経済不況などで苦しむ国民が多くいる中では、その混乱を最小限度にとどめる為の努力が私たちにも求められ、多数の国民が選択をした政権交代という、実を結ばせなければならないと思うのであります。
鳩山政権では、連立を組むそれぞれの党のマニフェストを尊重した政権運営がされるであろうことは疑う余地がありませんが、個々の政策については財源の手当ても含め、知事も幾らかの懸念を抱かれておられるであろうと推察をするのであります。
そのひとつが高速道路の無料化の問題であります。
今年の3月20日に始まった高速道路の土日、祝日の普通車・軽自動車等における上限1,000円をはじめとしたETC割引は、自家用車で訪れた観光客などによって、愛媛県を始め四国全体に大きな経済的効果が生まれたのはご案内の通りであります。
しかし、一方で看過できないのは高速バス、鉄道などの公共交通機関の利用者数の落ち込みも、この割引制度の影響であると言えます。
特に本県では、フェリーなどの航路事業者にとっては深刻な事態となっているのであります。四国運輸局の発表によると、4月末から5月初旬の本州〜四国間のフェリー航路の自動車輸送実績は、25〜40%程度の減少となり、不況の影響と重なって大きく落ち込みました。
それらもあり、波方―竹原航路、堀江−阿賀航路などが廃止をされたのは記憶に新しいところであります。
このことは当然にも雇用不安を生みだし、港近辺の賑わいを失い、経済的な影響を余儀なくされたのであります。
さらにこの問題がこのまま推移すれば、海運事業者にとどまらず、本県でも地場産業の中で、大きな位置を占める造船業界にも、多大な影響が波及することが予想されるのであります。
私どもはこの割引制度そのものについては、CO2の削減や雇用問題、総合的な交通政策という点では、バランスを欠いた政策であると大きな疑問を持ったのでありました。
そのような中で、3月26日、6月9日と海で働く海員組合の方々と私どもが県に対して「海運・フェリー・旅客船の航路存続と船員の雇用対策についての申し入れ」などをさせて頂き、これらを受け、県は6月県議会で地域活性化・経済危機対策臨時交付金を活用して、内航フェリー競争力強化事業費として、関係する県内発着の航路事業者を対象に1億2千万円の補正予算を組んだり、県管理港湾の占用料及び使用料の減免措置を講じ、県内の関係する港湾を管理する自治体に対しても、減免等の支援を要請したりしてきました。
金額の多寡は別として、県のこれらの努力には敬意を表するところであります。
しかし、現在行われている高速道路のETC割引は、平日が30から50%の時間帯割引で、特に上限1,000円とする割引は、原則土日祝日であるのに対し、高速道路の無料化は365日、つまり通年で行われるわけですから、このままでは今とは比較にならない程の大きな影響が出てくるのは必至ではないかと考えるのであります。
そこでお伺いを致します。
高速道路の無料化に伴う公共交通機関への影響について県はどのような危惧を抱き、国に対して何を望むのかお聞かせください。
【長谷川企画情報部長】
石川議員にお答えいたします。
高速道路無料化に伴う公共交通機関への影響について、どのような危惧を抱き、国に対して何を望んでいるのかとのお尋ねでございました。
高速道路無料化に伴う公共交通機関への影響につきましては、現在でも料金の大幅引き下げによりまして、競合するフェリー、鉄道、バスなどに深刻な影響が出ておりまして、このまま無料化されれば、すべての公共交通機関が大変な打撃を受け、場合によりましては、車を持たない高齢者や学生など交通弱者の移動手段が失われるといったことになりまして、過疎化や高齢化が進んでいる地域はますます疲弊していくのではと危惧いたしているところでございます。
県では、これまで過疎地域のバス路線や離島航路に対する支援に努めてきた他、今回、高速道路料金引き下げの影響の大きいフェリー航路についても支援し、県民の足の確保に努めているところでありますが、無料化に伴う影響は甚大で、フェリーにとどまらず、鉄道やバスなどすべての交通事業者の経営悪化が予想され、県独自でこれ以上支援の手を差し伸べることは厳しい財政事情の中では極めて困難であると考えております。
このため、国に対しましては、高速道路無料化の実施にあたっては、あるべき交通体系の姿を示した上で、民主党の政策集にありますように競合する交通機関への影響および交通弱者等に対する十分な配慮を講じるよう様々な機会を通じて強く求めて参りたいという風に考えております。
以上でございます。

10.31 県政報告会の案内ちらし

24日は新居浜医療生協の役員研修ということで、鹿児島の薩摩川内市から高江政志先生を招いての研修会を行いました。

先生は整形外科がご専門で小生と同じ年。つれあい、ご兄弟も先生をされておられ、医療法人・杏政会・高江病院の院長先生。
老健施設も運営され、その経験から私たちに示唆に富んだお話をしてくれました。
この施設では「ペグを除けよう」というのが合言葉で、新居浜医療生協と相通ずる理念があるようです。

25日は壮年の四国王座決定戦が徳島県三好市の池田球場であり、愛媛代表の秋山工業壮年が高知の「よさこいクラブ」に1:2で惜敗しました。
先週のシニアも準々決勝で高知の植野陶器チームに2:2の接戦の末、抽選でこれまた惜敗。
実は、この2試合とも高知の植田昌平投手に愛媛県・新居浜のチームが抑え込まれたということです。
この植田昌平投手は小生の1歳年下。しかし、速くて重たい真っすぐとシュート、スラーダー、フォーク、スローカーブなどを巧みにコーナーに投げ分け、年齢を問わず全国区の投手です。
今度会ったら、普段はどんなトレーニングをしているのかを聞いてみたいと思います。
それにしても2週続けて…。
新居浜の秋山工業壮年チームの杉谷投手。この画像では球が遅く見えますが、実際はもっと速いんです。

この写真は先だって東京に行った時の写真。
入国管理局は外国人にとってはとても大事な役所。
会館の8時半、業務開始9時であるにも関わらず、7時位から局の玄関前に多くの人の行列ができます。
まだ、この時期だからいいもんの、真冬にはどうするんだろうと心配になってきます。

9月議会から
<知事の選挙の関わり方について>
会議録を紐解いてみますと、加戸知事が初当選をされた直後の平成11年、1999年の2月議会で、私どもの先輩であります笹田前議員が代表質問をし、それに対して知事が答弁をされています。
そのやり取りは、極めて困難な状況の中で42万票という大量得票をし、愛媛の新時代、夜明けを迎えた高揚感に満ち、県政運営にあたる政治哲学の開陳もされ、ご自分の言葉で、なお且つ、かなりのボリュームで答弁をされておられ、極めて新鮮な印象を持つのであります。
その質問の中で笹田先輩は「県民党の立場で選挙戦を戦い」、或いは「政党政派の垣根を越えた県民の知事でございます」とし、地方選挙、市町村長選挙への知事の選挙の関わり方について質し、それに対して知事は「あくまでも愛媛県政を改革していきたい。
そして、明るくさわやかで活力ある愛媛を作りたいという視点」で、選挙に関わる旨の答弁をされ、「一定のスタンスが出ることはお許し願いたいと思います」と答弁をされています。
そこでお尋ねをいたします。
先般行われた総選挙で、知事の選挙への関わり方は余りにも偏り過ぎていたのではないか、との声も聞きますが、1999年2月議会での答弁との整合性という点ではどうだったのか、ご所見をお聞かせ下さい。
【加戸知事】
次に、先の総選挙での知事の関わり方と初当選直後の議会答弁との整合性はどうかとのお尋ねがございました。
自治体の首長は行政のトップとしての立場と、政治家としての立場を兼ね備えておりまして、選挙においては自らの政治信条に従って一政治家として政策的に同調し、共鳴する特定の候補者を応援することが必要な場合もあろうかと考えております。
先の総選挙では、これまで愛媛県政に多大なご貢献をしていただいた自民党候補に対してエールを送る気持ちに加えまして、将来の愛媛の発展を見据えた上で、愛媛にとってひいては日本という国にとってどの政党に政権を託すことがベストかという視点を加味いたしまして判断した結果の対応でありまして、選挙に関わるスタンスは知事就任以来、いささかも変わっていないと思っております。
私は、県民の目線に立った県政の推進を心がけてきておりまして、147万県民を代表する知事として、今後とも公正・公平な行政運営に努める所存でありまして、今回当選されました自民党・民主党の国会議員の方々に対しましては、ふるさと愛媛のためにご尽力いただけるよう所属政党に関わらずより一層連携を密にして参りたいと考えております。
えひめ学園の運動会で太鼓の演奏
秋が深まり、日が短くなってきました。
綱引きの様子
速いもので、新居浜太鼓祭りから1週間。
市内の中学校とのリレー競走

そして、全国シニア軟式野球大会から1週間。

時の経つ速さを痛感します。
昨日は、えひめ学園・ひびき分校の運動会を観させていただきました。

昨年の運動会はは雨も降り、風もあり、そして肌寒かったのを記憶しています。

しかし、今年は打って変わってまさに運動会日和でした。
昨年は場違いなスーツで参加をしたので、今年は反省して運動のできるような出で立ちで参加をし、あわよくば競技に出場しようと思っていました。

アピールの甲斐があって、青色の鉢巻きを手渡され、いささか色めきたったのですが、結局、出番はなく、背中を丸めて帰途に就くことに。
ホントは徒競走とかリレーに出たかったんですが、当然その出番はなし。
とても、残念でした。
皆さん、本当に一生懸命競技してました。見る側に感動を与えますねえ。

帰宅して、ゆっくりと祭りのDVDでも見ようと思ったんですが、そこは百姓の倅。
時節柄、昨日稲刈りをした田んぼのモミすりをすることに。
百姓に限らず、準備と片付けが大変です。
この片付けが苦手なんです。小生は。

今日の写真は先だって、新居浜市の図書館で行われた野外美術館の写真です。
芸術の秋、実りの秋、スポーツの秋。まさに秋真っ盛りです。

山根グランドでの東田太鼓台
第9回全日本シニア軟式野球選手権大会に参加するために10月17日の5時40分に倉敷に向け出発。
初戦は大分の萬洋クラブOBと。接戦を展開し、村上投手が相手を1点に抑え1:0で辛勝。
2試合目は東大阪クラブには10:0で圧勝。この試合では小生は2安打。その内の1本は広いマスカット球場のレフトフェンスにワンバウンどで到達する3ベースヒット。
失速することなく、きちんと3塁まで走れ、そこそこの飛距離を出したことに対して自分を褒めてやりたいと思います。

18日の15時からの準々決勝は昨年優勝した高知の植野陶器店と。
7回の裏まで2:0で負けていたのですが、小生の内野ゴロで2塁からも元甲子園球児の近藤君が長駆ホームインし、同点。
延長に入るも2:2のまま抽選に。結局、抽選で負けてしまい、今年も昨年に続いてベスト8に。
一昨年は優勝をしたこともあり、今年は新たなメンバーが加入し、今年も優勝を狙ってはいたのですが、残念ながらベスト8どまり。
しかし、村上投手は今年も3試合を投げて、失点は2。そして自責点は内野ゴロの1点のみ。見事な投球術を披露してくれました。
当然にも3試合とも小生はマスクを被り、盗塁は0。(多分?)

この倉敷で野球をしている時には新居浜は秋祭り真っ最中。市内では色々なアクシデントもあったようですが、わが東田太鼓台は、2年目の今年も山根グランドで見事なかきっぷりを披露してくれたそうです。

初年度はご祝儀もあって多くの方が参加してはくれたのですが、今年はどんなか心配だったのですが、優に200人は集まってくれたそうです。
そんな話を伝え聞いてホッとしています。
いずれにせよ、近藤団長以下、若い皆さんの分奮闘に心から拍手を送りたいと思います。

小生は祭りの興奮も覚めあらぬ19日の8時50分発の瀬戸内バスのパイレーツ号で東京へ。
会議や朝日新聞の早野 透さんの講演を聞いたりして、この夜の7時50分発のパイレーツ号で新居浜へ。
21日の6時ころに新居浜に着き、自宅でシャワーを浴びて、松山の県議会へ。
結構忙しい1週間でした。
パイレーツに往復の日帰りで乗ったと言えば大方の人は「大変ですね」と言います。
しかし、客である小生はアサヒをかっ喰らってただひたすら寝るだけ。
一方ではドライバーは二人で小生が乗った便を往復運転します。この肉体的、精神的な負担は大変なものです。
ドライバーの菅さんと大西さんは緊張をしつつ850キロの道のりを満席の客を安全に運びます。
それにつけても客を安心させるあのハンドル、ブレーキ、アクセルさばきはまさにプロ中のプロです。
このお二人に感謝の拍手を送りたいと思います。
ありがとうございました。
こんな祭りの練習もまた1年待たなければなりません。
切ない気持ちになるのもこの時期です。
皆さん、来年も元気で楽しい祭りにしましょう。








